読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドルフィーのバスクラを聴け

ジャズ(Jazz)を中心とした洋楽を、アップルミュージック(Apple Music)で聴けるように紹介していきます。

ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins):聖武天皇とキャラかぶってる(笑

サックス

ロリンズはロリンズであり続けたのね

真面目で気弱だったんでしょうね

ソニー・ロリンズSonny Rollins)は1930年9月にニューヨークで生まれました。幼い頃から音楽に親しみ、ハイスクール時代にはジャッキー・マクリーンJackie McLean)やケニー・ドリューKenny Drew)とバンドを組んでいたそうです。20歳頃には早くも地元の若いミュージシャンの間では伝説的存在となっていたといいます。1951年に初リーダー録音を行います。

ソニー・ロリンズは40歳過ぎになるまでに三度も休業します。いずれも第三者の目から見れば絶好調に見えた中での雲隠れですから、そのたびごとに物議をかもすことになりました。「気難しい」とか「わがままだ」と言われても仕方なかった状況でした。

f:id:westwind0813:20160222193603p:plain

引用元:http://www.polarmusicprize.org/laureates/sonny-rollins/press-material/

 サキコロに始まりサキコロに終わる

私の中では『ソニー・ロリンズ = サキコロ』という等式が成立しています。サキコロとは「Saxophone Colossus」で、ソニー・ロリンズ26歳、6枚目の録音です。その後も数十枚(50枚以上?)リリースしているのに、早くも6枚目で最高傑作を出しちゃったことになりますよね。このアルバムは演奏はもちろん凄いんですが、レコーディング・エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)の録音の良さでも有名です。1956年の時点でアナログ録音技術はここまで来たか!!という驚きです。

録音も頂点、ロリンズも頂点、最高傑作ここに誕生ってわけです。

では、サキコロから二曲「St. Thomas」「You don't Know What Love is」をお聴きください。

 

サキソフォン・コロッサス

サキソフォン・コロッサス

 

 

St. Thomas

St. Thomas

 

You Don't Know What Love Is

You Don't Know What Love Is

運命のいたずら

サキコロの録音は1956年6月22日なんですよ。ここ、重要ですよ。実はこの4日後、1956年6月26日に、なんと!クリフォード・ブラウンClifford Brown)が交通事故で亡くなったんです。当時、ロリンズは、クリフォード・ブラウンマックス・ローチMax Roach)のバンドのメンバーだったんですよ。このこと、ジャズ評論家も誰も言ってるの聞いたことないんですよね。これって、興味深くありませんか?もし、この録音が一週間遅れていたらきっとこの名盤は生まれてなかったでしょうね。そして、ロリンズの運命もまた違ったものになっていたかもしれないですよね。運命のいたずらです。何はともあれ、世紀の名盤が誕生しました。

トリオ編成

初期のロリンズは、ワンホーン、ピアノレスのトリオ編成を好み、そういう編成での演奏で真価を発揮します。ピアノによるコードやメロディが邪魔だったと言われています。音域の限られたドラムのパーカッシブなアプローチは、却ってイマジネーションを刺激されたようです。また、当時のベースは、現在のようにメロディックなアプローチはなく、基本単調なベースラインでなおかつパーカッシブに攻めてくるので彼の邪魔にはならなかったのでしょう。

そんな編成の中から、コンテンポラリー(Contemporary)レーベルの「Way Out West」より「Wagon Wheels」と「Way Out West」の二曲をお聴きください。

 

 

Wagon Wheels

Wagon Wheels

 

Way Out West

Way Out West

絶好調の中での引退表明

このようにして1950年代の後半は飛ぶ鳥を落とす勢いで、ある意味絶好調でした。

ところが、1959年夏のある日、突然、引退表明しちゃうんです!外部からは絶好調に見えてたんだけど、本人にしてみれば音楽的に限界を感じていたということのようですが、とにもかくにもみんな驚いちゃったみたいですね。

ただ、引退と言っても、サックスをやめたんではなく、いや、それどころか、毎日ウィリアムズバーグ橋という橋に行って朝から晩まで練習したらしいです。で、その頃ヨガも始めたらしいですよ。ヨガの呼吸法がサックスのブロウには効果があるということのようですね。

突然の復帰

引退も突然なら復活するのも突然だったみたいですね。2年以上経った1961年の11月に突然「ふっか~~~つ!」と活動を再開したそうです。そして年が明けた1962年に復活後初のアルバムを吹き込みます。タイトルがなんと「橋(Bridge)」ですわ(笑。本人はいたってマジだったみたいで、その辺生真面目つうか、そんな方なんでしょうね。

で、その復活第一弾「The Bridge」から「Where Are You」と「The Bridge」です。

 

橋

 

 

Where Are You

Where Are You

 

The Bridge

The Bridge

 このアルバムは、評論家などからはロリンズのアルバムとしての評価はあまり芳しくありませんが、私は結構好きです。ロリンズとしてはどことなくオドオドしていて彼一流の豪快さという面では劣っているようにも思われますが、反面丁寧に演奏しているように感じますし、真面目に新たな面をみせようとしています。ちょっとコルトレーンを意識しているのかなと思ったりもします。

ジャズ界の巨人として君臨

1959年の突然の引退表明から丁度10年後の1969年の秋に再び活動を停止します。この時は「またか」てなもんであまり騒がれませんでした。三年ほどのブランクを経て復帰して後は現在までジャズ界に大きな存在として君臨するのです。

1974年のライブ盤「The Cutting Edge」から表題曲「The Cutting Edge」と「First Moves」をお聴きください。

 

ザ・カッティング・エッジ

ザ・カッティング・エッジ

 

 

The Cutting Edge

The Cutting Edge

 

First Moves

First Moves

 ピアノはスタンリー・カウエル(Stanley Cowell)でギターは増尾好秋です。この頃はこういうサウンドにも果敢に挑戦しています。こうなってくると若い頃のような迷いはもうありません。アルバムの制作頻度はだんだん減ってきますが、ジャズの巨人として、アルバムを出せば話題になり、ジャズフェスなどでライブをすれば「さすが!」と黙っていても評価は揺らぎません。ソニー・ロリンズは、結局ジャズの改革者や牽引者であったわけではありません。それでも多くのファンを唸らせジャズの歴史に偉大な足跡を残しました。それはやはり三度の雲隠れまでして、テクニックや表現力の向上を追求した求道者としての彼の演奏が評価された結果です。そしてジャズファンだけでなく、多くのミュージシャンにも尊敬され影響を与えたのです。

最後に、ソニー・ロリンズを敬愛してやまないブランフォード・マルサリスが念願かなって共演したアルバム「Falling in Love with Jazz」から「For All We Know」と「Falling in Love with Love」をお聴きください。なお、「For All We Know」で二人は共演しています。

 

ジャズに恋して

ジャズに恋して

 

 

For All We Know

For All We Know

 

Falling In Love With Love

Falling In Love With Love

 次回は、今回もふれた、クリフォード・ブラウンを始め、若くして亡くなったジャズミュージシャンを少し追いかけてみます。